ものづくりの
現場
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主張する箒と無名性③
文・吉田慎司
それでも、信じること
そのような過激さをあえて纏うことは、目には目を、毒には毒を、のような方法で、真っすぐに作る事を諦めたと取られるかも知れない。それでも、やっぱり大きな歴史の力というものは信じている事はお伝えしたいと思います。僕のような者がどんなに足掻いたって歴史は変わらないし、そんな努力をしなくなって、ものづくりは自然な、あるべき形へ還っていくはずだと、心のどこかで信じているのです。(勿論、途絶えてしまっては歴史も何もないので、具体的に残さなくては、という気持ちもありますが)
少し願いがあるとしたら
じゃあ何故、意味がないと分かっていても自己主張を続けるのか?と言われると、人よりせっかちだから。という事に尽きる気がします。いずれは、こんな自分の小さな表現は歴史に回収されてしまって、跡かたも残らないだろう。そんな事をしなくても、いずれあるべき姿に還っていくだろう。本当にそう思います。けれど、もし本当に、世界がその姿に近づいていくのなら、少しでも、人々が動く瞬間を目の前で見てみたい。こんな道具があったのか。と気づいてくれる人と直接話してみたい。単純な欲望にしたがって作っている部分があるとしたら、そんな所だと思っています。
僕自身の仕事を褒めてもらえる事も嬉しい。けれど、道具自身を褒めてもらえる方がもっと嬉しい。過去には、未来には、もっと優れた箒や、作り手がいる事を知ってもらえたら、もっともっと嬉しい。
そんな事を、作る人、配る人、使う人と共感して、生きることの美しさ、世界が素晴らしいと信じられる事は豊かだと思う。そんな暮らしが美しいと思う。そして、人々の暮らしを美しいとする、民藝的な視点に繋がるのだと思っています。
吉田慎司
1984年 9月生まれ、東京練馬で育つ。
2007年 武蔵野美術大学造形学部彫刻学科卒業。
中津箒に出会い、元京都支店の職人から箒を学ぶ。
北海道へ移住し、制作の傍、ほうきのアトリエとお店「がたんごとん」を主催。http://gatan-goton-shop.com
中津箒は、明治時代より作られていたものを発展させたもの。 原料であるホウキモロコシを全て一貫した無農薬の自社生産をし、 製造を職人の手作りで行っている事で、柔らかくコシがあり、 耐久性のある箒を生産している。 穂先を殆ど切らず、丁寧に揃えて柔らかく編込む為、畳だけでなくフローリングなどの掃く対象を傷つけず、細部まで届き、折れにくく大変長持ちする箒をお届けする事が出来る。