現場
あわびウェアと民藝②
「優しいオーラ」
僕に民藝を教えてくれた友人は、「雑誌民藝」を定期購読していた。
柳宗悦という思想家の事や、木工家の黒田辰秋、松本民藝家具、陶芸家の浜田庄司や河井寛次郎など、その時は、なんとなく聞いたことのあるような作家の名前や、民藝の考え方を入り口程度に教えてくれた。
しかし、さっき感じた後光の事が気になり、民藝の思想面のことは上手く理解出来なかったように思う。ただ、今でも強く記憶に残っているのは、あの緩やかなフォルムが醸し出すオーラの片鱗だ。
僕は、そんな緩やかなオーラに導かれるように、東京駒場にある日本民藝館を初めて訪ねることになる。
初めての民藝館は、まさに優しいオーラに包まれた空間だった。眩しいくらいに。
母体から離れた胎児が初めて浴びる光は、このように眩しいのではないか。薄暗い民藝館は、そんな光に満ちていた。僕の中に民藝が生まれたのだ。
非現実に向かっていくふわふわした世の中で、幸いにも、確かな実感あるものに出会う事ができた。
そんな出会いから20数年。今も変わらず、民藝という優しいオーラは僕の中でずっと輝いている。
そして民藝との出会いは、人生を大きく動かしていった。
僕は、30歳を過ぎて、故郷の淡路島で器づくりをはじめることになる。民藝の持つ優しいオーラ。そんなオーラの欠片を追い求めて、終わりのない旅は続いている。
余談として
民藝の入り口を教えてくれた、愛嬌と度胸の友人は、今も昔もずっと隣にいてくれる、連れ合いとなった。その妻が学生時代に制作した「異形の菩薩」と表象した椅子は、イグサで編まれた座面もくたびれ、木部の漆も擦れ、イージーチェアとしての風合いが増してきた。
今では、どっしりとあわびウェアのギャラリーの片隅で佇んでいる。
もちろん、その椅子は、未熟で本物の民藝とは違うものだけど、民藝の片鱗を覗かせてくれる、僕にとってかけがえの無い、良品となっている。
淡路島のギャラリーにお越しの際は、ぜひ、ゆったりと座って欲しいと思う。「なんだかいいな」という身体感覚。見てくれでない心と体にしっくりくるそんな感覚から、民藝への入り口は開かれるかもしれない。
うちの工房は柳宗悦たちが「民藝」という言葉を発明した100年前に建てられたレトロ物件。建物も一緒に楽しんで行ってください。もちろん、ギャラリーに立つ妻の愛嬌とともに。
陶器作家、Awabi ware代表。1979年兵庫県淡路島生れ。武蔵野美術大学大学院彫刻コース修了。同大学助手、非常勤講師を経て、2010年に地元淡路島にUターンし、「民藝は可能か?」をテーマに器の制作を始める。2016年、株式会社あわびウェア設立。2018年民藝入門書を目指した「ミンゲイサイコウ」を立ち上げる。