リレー
エッセイ

21世紀の民藝とは? ⑧

文・赤木 明登

それでもなお、作物に現れる秩序と無秩序のリズム

 

 ぼくは工人として、つねに自分の作為を完璧にしようと心がけています。材料を吟味し、環境を管理し、道具を手入れし、体調を調え、自らは「用」に徹します。その現場では、自分に与えられたかぎりの技術を投入していきます。もちろんここで、ぼくが言っている「用」とは、「使うためにつくる」という単純な意味ではありません。

 

 にもかかわらず、仕事の出来不出来には波があります。調子の良いときもあれば、悪いときもある。仕事をしているかぎりは、それをずっと繰り返している。

 

 具体的には、仕上がった漆の膜が不均一で、ムラがあったり、塵や埃の類が内部に混入していたり、漆が本来持っているはずの性質が上手く現れていなかったり、あげていけばきりがありません。

 

 

 どうして、仕事の調子に、そのようなどう仕様もないリズムがあるのか。ずっと思い悩んでいました。それがある日突然、すべて解消されたのです。それに気がついた場所は、工房の中ではありません。夕日を眺めながら、近くの海岸を、ぼんやりと歩いているときでした。

 

 足元に散乱した数多の石の中から、たった一つのまぁるい石を拾い上げた瞬間です。ぼくは、波間を転がる一個の礫になっていました。水に揉まれてゴロゴロと転げながら、ぼくは唐突に二つの部分に割れてしまった。ぼくは気を失い、荒々しい傷口を晒して、血を流しながら、それでもまだ転がりつづけ、やがて角が取れて癒されて、安定を得て、眠ろうとした瞬間に、再び砕け散り、粉々になりながら、そして消えていきました。

 

 天体の運行、この宇宙は、その隅々にまで秩序をもたらします。同時にその秩序を打ち壊そうとするさらに大きな力も働いている。強大な二つの力は、交互に現れて、壊れたり、調ったりを繰り返している。ぼくのつくり出すものも、ぼく自身も、同じその世界の中にいるということ。そんなあたりまえのことに、ようやく気がついたのです。

 

 ぼくの仕事が刻んでいるリズムも同じでした。無秩序が、その闇が、どうしようもない力で押し寄せてくるのです。技術は、その力に抗い、秩序を取り戻そうとします。秩序が戻ってくると、うつわはまぁるい形になり、刹那の安定を得ます。その狭間に美醜が見え隠れするのです。

 

無秩序化し、消えて行こうとする世界に抗うこと、それこそ人がものをつくる営み、つまり「人工」ということの正体だったのです。

 

赤木 明登
赤木 明登(アカギ アキト)

塗師。1962年岡山県生れ。中央大学文学部哲学科卒業。編集者を経て、1988年に輪島へ。輪島塗の下地職人・岡本進のもとで修業、1994年独立。以後、輪島でうつわを作り、各地で個展を開く。著書に『二十一世紀 民藝』(美術出版社)、『美しいもの』『美しいこと』『名前のない道』(新潮社)などがある。