エッセイ
21世紀の民藝とは? ⑥
個別性を越えた次元について
ぼくは、ものづくりをしながら暮らしています。つくっているのは漆椀です。もう三十年以上この仕事をしていますから、すでに数万点という単位で同じものをつくりつづけている定番中の定番もあります。にもかかわらず、まったく同じ椀と出会ったことは一度もありません。
椀木地はすべて欅材です。もちろん天然のものなので、杢目のパターンは一つ一つ違っています。その密度、硬さ、重さも微妙に違います。木地の表面に塗るべき漆も、それぞれです。ワインをつくる葡萄にヴィンテージがあるように、漆も採れた年度ごとに差違がある。葡萄畑ごとにテロワールがあるように、漆も採れた山、同じ山でも斜面の角度や方角によって一つ一つ違います。もちろん漆を掻いて、集めた職人の技術によっても、性質に大きな差ができます。
与えられた木材を、与えられた漆を、ただそのまま使っていたのでは、材料の持っている差違がそのまま現れて、椀もバラバラに仕上がり、個別性の強い、いわゆる「揺らぎ」の大きなものになってしまいます。
もちろん素材由来の揺らぎをそのまま表現することもできます。でも現在のぼくは、そのようにはしません。どちらかというと揺らぎを最小化しようと努めています。その理由は、改めて別の機会にお話しすることになると思いますが、ここでは次のようにだけ説明しておきましょう。その理由は、揺らぎ、つまり無秩序さを、われわれ職人は、より小さくすることができるからなのです。そこに意味があります。
どのようにしたらそれが可能となるのか。樹木としての欅をよく観察し、木取りの仕方を吟味し、杢を可能なかぎり均一に調えていきます。個性的な一つ一つの漆の特徴をつかんだ上で、丁寧な精製をし、ブレンドしてクオリティーを一定にしていきます。つまり、一本ずつの欅や漆といった、個別的な樹木由来の性質を消去していきながら、ある意味で、より抽象化された、欅という木材の持つ性質と、漆一般という架空の次元で、その本質的な性質を探究するのです。これは、技術の話のようですが、やがて素材と向き合っている主体である工人の有様と結びついてくるはずです。
塗師。1962年岡山県生れ。中央大学文学部哲学科卒業。編集者を経て、1988年に輪島へ。輪島塗の下地職人・岡本進のもとで修業、1994年独立。以後、輪島でうつわを作り、各地で個展を開く。著書に『二十一世紀 民藝』(美術出版社)、『美しいもの』『美しいこと』『名前のない道』(新潮社)などがある。